タムピュー洞窟の悲劇から40年

タムピュー洞窟 今週の月曜日(11/24)、シェンクアンの県庁所在地ポンサワンから東に約60キロ行ったところにあるムアンカムにあるタムピュー洞窟では、悲劇から40年が経ち、追悼イベントが行われたようです。

タムピュー洞窟は、山の中腹にあり、第2次インドシナ戦争時に病院として利用されていました。1968年11月24日、米軍のロケット弾攻撃を受け、罪のない374名もの尊い命が奪われました。当時、米軍は、攻撃対象を軍だけでなく、住宅、学校、病院といった民間の施設にまで拡大したようです。

シェンクアンというと巨大な石壺がある「ジャール平原」が有名ですが、ここにも数多くの空爆によるクーデターが今もなお残っており、当時、戦争の主戦場であったことを物語っています。決して、忘れてはいけない負の遺産であり、いまなお、無数の不発弾がラオス国内に眠っています。

当時病院として利用されていた。(タムピュー洞窟)